藤本司先生(昭和大学名誉教授/脳神経外科)が語る、アレクサンダーテクニーク

 

 

アレクサンダー・テクニークからの学び

昭和大学名誉教授(脳神経外科)

 

BodyChance 医学顧問  藤本 司

 

 

 

「脳(身体)と心」の理解を進めて行きたい

 

 昭和大学を2年半前に定年退職した直後からアレクサンダー・テクニークと出会えたのは幸運でした。脳神経外科医として手術を中心に患者さんと向き合う多忙な毎日の中、定年退職後、時間的に余裕が出来たらじっくり取り組んで行きたいと考えていたことがあります。その一つは、患者さんを、病気のみではなく、身も心も含めた全体、すなわち病人を診るように心がけてきましたが、十分納得のいくものではなかったので、それができるように「脳(身体)と心」の理解をさらに進めて行きたいということ。もう一つは、脳神経外科には、頭痛が強くて脳腫瘍や脳卒中を心配した患者さんが多数こられますが、手術をしなければならないような人はそのごく一部であり、多くの患者さんは項を中心に後頭部から背中にかけて筋緊張が亢進している人達でした。この緊張は、精神的な緊張や身体の姿勢や使い方によるものであり、この緊張をとるにはどうしたらよいかを明らかにしたいということでした。

 

 

 

人間全体を対象とし、身体の中に存在している能力を引き出す

アレクサンダー・テクニークと出会い、その目指している方向が、「人間全体を対象とし、身体の中に存在している能力を引き出して、身体をより機能的にすること」だと感じ、自分が目指している方向と一致していると直感しました。BodyChance 主幹の Jeremyさんが理解を示して下さり、いろいろなレッスンに自由に参加させていただく機会を得、学びを深めていくと同時に、医学顧問としてお手伝いもしてきました。アレクサンダー・テクニークに来ている人達は、それぞれ問題意識を持ちながら、それを乗り越えていく道を求めている求道者のような人が多いことも魅力的でした。

 

わたくし自身も、自分の姿勢や動き方を大分意識するようになり、ヒトの姿勢や動きを意識して見るようになっているのに気付きます。患者さんを診察する場合も、心と身体の関係の理解や、姿勢・動きと症状との関係をみる見方が大分変わってきているのに気付きます。またしばしば、友人、知人からアレクサンダー・テクニークについて聞かれたりしますが、その魅力を実感を伴って話せるようになってきています。

 

 

 

 

アレクサンダー・テクニークは1890年代にオーストラリアの俳優フレデリック・アレクサンダーによって開発された方法で、普段意識せずに行っていた姿勢や動き方などを、意識下で心身の調整を行い、自然な姿勢、自由な動作を実現させる方法だと理解しています。彼は舞台に立つと声がかすれてしまう体験を繰り返していましたが、なかなか当時の病院では治療してもらえず、自ら解決しようと自らを観察しはじめ、長い試行錯誤が行われました。そして舞台の上で声を出そうとする時に首の筋肉が緊張してしまい、頭が後ろに反り返り、喉が締め付けられて呼吸を妨げていることに気づきました。彼は自分の癖になっていたことを治す方法をやはり試行錯誤して身につけ、声が良く出るようになり、さらに全体的な心身の健康も向上しました。

 

彼は、厳しい状況やストレスがかかる状態で現れがちな、習慣になってしまった姿勢の癖や反応がパフォーマンスを完全にはさせにくくしているし、さらには全体的な心身の健康にも有害に働くと考えました。すなわち「心のあり方と身体がお互いに強く関係しあっている」ことを認めました。そしてこの長年身に付いた筋肉の緊張と身体の誤った使い方を改めるには感情に動かされてしまわずに、意識的に動作をコントロールして行くことであると気付きました。ここでいう意識とは、「自分が動いたり、話したり、感じたりしていることに気付いている」ということです。実際に、アレクサンダー・テクニークはパフォーマンスを向上させるということが認められ、俳優、音楽家、ダンサー、運動選手らに広く利用されており、また痛みや筋骨格系の異常、あるいはストレスに伴う症状の管理に役立つということも認められてきています。

 

 

 

生活の中の動作中に頭・首・背中の「バランスが取れた関係」を維持する。

アレクサンダーテクニークでは生活の中の動作中に頭・首・背中の「バランスが取れた関係」を維持し、頭の動きがリードするということが中核になっています。身体の他の部分の動きがこれについていくということで、非常に重視され、プライマリーコントロールと言われています。子供の頃は自然に出来ていた身のこなしや筋肉間の協調も、大人になるに従い悪い姿勢の習慣や反復的な動作、積もったストレスによって妨げられ、本来の姿では出来なくなってきます。ストレス、恐怖に出あった時、首をすくめるのは自然の反応です。これは身を守るために生体が獲得し、備わっている反射的なものと言えます。これが強く出すぎてしまうこと、一時的でなく長く持続してしまうことが問題で、障害が生じてくるのです。

 

ヒトでは前頭葉が非常に発達し、もともと備わっている本能に従うより、新たに出来あがってきた慾望(認められたい、勝ちたい、金持ちになりたい、生きがいの追求、などなど)によって行動することが多くなりました。その結果、身体からの指示がわからなくなり、結果的には無理が蓄積しがちになります。心身ともに緊張が亢進し、筋肉の緊張が習慣的になると頭・首・背中の関係のバランスが崩れ、猫背や背中が反るなどの問題が生じてきます。この習慣が定着してくると、悪い姿勢が全身の機能にまで影響するようになります。

 

アレクサンダー・テクニークでは姿勢と動き方を意識的にコントロールし、徐々に本来の機能がでてくるようにしていますが、患者さんの診察時には頸椎のレントゲン写真などを見せながら、現在の状態に関する理解を深めていただくようにし、姿勢、動き方の話に加え、肩、首、腰のストレッチをすすめています。それを行う為にかえって新たな緊張を生み出さないように注意すればとても効果的です。筋肉の血液循環が改善し、変化を早く自覚出来、持続しやすくなるからです。頭・首・脊椎のバランスが取れた関係を生みだすために、頭頂部(頭頂部で上外側へ突出しているあたり)を上方に引かれる感じをもつと、押し上げる感じなしに、力みなくバランス良く項を伸ばすことができます。

 

 

 

ヒトの体は、何かを意識したり、思ったりするとそれが身体の緊張、すなわち動きに直接連動して動きます。それで身体の構造や動きをどのようにイメージするかが動きに大きく影響してきます。身体の構造や動きをどうイメージしているか、これは頭の中に描いたもので、ボデイマッピングと呼んでいますが、これが、身体の構造や、本来の動きにマッチしたものでないと、実際の動きと、本来の機能・動きとの間に食い違いが生じ、異常な緊張を生みだしたり、無理がかかってきます。たとえば、腕を動かす場合に、肩関節で動かしていると思うと肩関節部を固定する緊張が生じ、腕の動きも不十分でスムースではなくなります。腕がついた肩甲骨が動き、一体になって腕が動いているというイメージを持って行う場合とでは動きや緊張に大きな差が生じてきます。これは生体に備わっている動きを最大限に、目的に沿った動きを行うために大切なことです。アレクサンダー・テクニークの先達たちが、「これが最も身体にあった姿勢や動きだ」ということをいろいろ述べておりますが、まだまだ全部の動きをカバーするものではありません。何が本来の適切なボデイマップなのかは行って見て、緊張感がとれ、動きがスムースで疲れもしにくいということで判断して行かざるを得ないと思います。動物の姿勢や動きには、本能的な見事な姿勢や動きが保たれていて、しばしば驚嘆させられ、大変参考になりますが、やはり「ヒトではどうか」と言う事を常に考えていく必要があります。爬虫類以前にさかのぼっての歴史がヒトの体に引き継がれていると考えられますが、長い年月をかけて環境に適用するように、すなわち生存して行けるように変わり、それが遺伝情報に組み込まれ、さらに固定されてきました。そして動物とは大分変わってきています(頭蓋骨と脊椎の関係でも、ヒトとチンパンジーですら大分違います)そして、環境の変化のスピードはすさまじいもので体の変化が追いついていけてない面があります。心身をもったヒトをさらに良く知ることで対処の仕方もより適切になっていくのだろうと思います。

 

 

 

アレクサンダー・テクニークは心のコントロールにも役立つ

 

アレクサンダー・テクニークは心のコントロールにも大いに役立つと感じています。身体の緊張がとれて心が安定したために、意欲が戻ってくると言う事も大いにありますが、直接的に、心の動揺や悩みを乗り越えていくのにも役立ちます。私たちは常に多くのストレス下に生活しており悩みはつきません。この悩みには、準備してきたパフォーマンスが、直前になり頭が真っ白になって動けなくなってしまうようなものから、仕事のこと、生活のこと、対人関係の悩み、病気に関する悩みと途切れることなく続きます。悩みがある時には、それに関係した過去のこと、これから先のことなどが、しかも感情を伴って押し寄せてきて、ますます不安や悩みは大きくなってきてしまうことは良く経験することです。

 

ヒトは本能に従ったままで生きているのではなく、脳の発達による、新たな慾望や望みをみたそうと自分を叱咤激励して生きていると言えるでしょう。意識が持てて(先に述べたような意味ですが、これはヒトだけです)、記憶することが出来、未来像を描けるようになり、驚異的な文化活動をするようになりましたが、身体に備わっている本能的な事に鈍感になってきてもいます。より良く生きるのに、過去や未来のことを考えられると言う事はすばらしいことなのですが、これが感情を伴って大きくなりすぎたり、いつまでも引きずっていてそれに捕らわれていると、悩みは膨れ上がります。過去や未来のことは、役立つ範囲で使い、あとは手放して現在を生きていくようにすると、大きく膨らんだ悩みは大分小さくなります。そして、問題を受け止め、新たな方向を見つけだし、意識してその方向への歩みを続けることにより、乗り越えて行けるようになります。この新たな方向を見つける時には、「必ず見つかる」という事、そして「自分は守られているのだ」という信念を持って向う事が大事です。アレクサンダーテクニークには心理学的にうなづけることが多数生かされています。

 

 

 

今はこのような事を考えたり、感じたりしており、アレクサンダーが見出したことをもっとよく知りたいとも思っています。アレクサンダーが目指していてなお実現しきれなかったことを今後もBodyChanceが中心になってさらに明らかにし、実現されていかれることだろうと期待が膨らみます。

 

 

 

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